« Epic Archive Vol.2(1980-1983:Black Friday 2018 LP) | トップページ | 2019年 »

2018年12月20日 (木)

リック・ニールセン名言70

Cheaptrick_japan2018_1

明後日の22日はリック・ニールセンの70回めの誕生日ですね!

これを記念して、これまで様々なメディア上でリックが発した特に印象に残る言葉を70集めてみました。私が管理しているツイッターアカウント@RickNielsenbotよりセレクト。多少の加筆訂正をし、テーマ(★)別に分けて載せてみました。ではご覧ください。

★自分

1.俺はエンターテイナーであり、ギタリストであり、ソングライターであり、同じように私生活も営む。ギター愛好家とか、ベスト・ソングライターになろうとしているんじゃないんだ。色々なことにトライして、それを全部うまくこなしたいんだ

2.ロックスターに成りたいとも、ロック・ギタリストの神に成りたいとも思ったことはないよ。俺が何かを見せびらかしている時は、俺にできることを見せているだけなんだ

3.俺は自分が演奏したい曲だけを演奏したかったんだ。今日まで演奏したい曲だけを演奏してこれてとてもラッキーだよ。自分が書いた曲の全てを気に入っている訳ではないけれどね

4.他の仕事はしたくないし、休みもいらない。曲を書いて、スタジオに入り、ツアーに出る。これがやりたいことの全てだ。音楽が全てなんだ

5.金を作るために音楽をやるんじゃない。音楽を創るために音楽を創る。仕事でなく、趣味に近いものだ

6.俺は決して過去には生きたくない。5年くらい経って、ほら、覚えてる?Cheap Trickにいたリックだよ、なんてことは言いたくないんだ

7.俺には3つの望みがあってね。ひとつめは、世界一ルックスの良い男にならない。これは成し遂げた。2つめは、世界一の金持ちにならない。これも成し遂げた。そしてもうひとつは、ずっと現役でいるということさ

8.俺は保守的な人間じゃないよ。現実主義者なんだ



★Cheap Trick

9.Cheap Trickが80年代のBeatlesなのではなくて、Beatlesが60年代のCheap Trickだったと言いたいね!

10.エディ・ヴァン・ヘイレンやジェフ・ベックに似たプレイもやろうと思えばできたんじゃないかって?でも、曲こそが王様なんだよ。Cheap Trickフィーチャリング・ギタリスト・リック・ニールセンでなく、Cheap Trickというバンドなんだ。俺は曲に入れ込んでいるだけなのさ

11.「Rolling Stonesのように、いくつになってもロックし続けていると思いますか?」
と思うよ。俺たちが未だにレコードを作っていること自体、凄いことじゃないか!

12.Cheap Trickは、ロックンロール・ホール・オブ・フェイムに殿堂入りした99%のバンドよりも多くのライヴをしてきたんだ。俺達は今も4人共に活動を続け、様々なテレビ、ラジオ、コマーシャル、ストリーミング番組に出演しているんだよ

13.俺たちは有名になり、金持ちになり、皆と同じようにいい気にもなった。しかしその後で文無しになった

14.Beatlesは素晴らしいソングライター達で、個性が全く違う4人のメンバーがいて、彼らは世界を変えた。Cheap Trickも同様に、個性が違う四人がいて、まあまあ良い曲を書いて、世界をちょっぴり変えただろう(笑)

15.解散を考えたのは、過去の色々なバンドが再結成して人気を集めているのを見た時だ。いっそ俺たちも一度解散してみてはどうかと考えた。そうしたら、もっと人気が出るんじゃないかってね(笑)

16.ライヴにおけるCheap Trickこそが、本当のCheap Trickなんだ

17.俺たちは何かになろうと思ったことはない。ただ自分達らしくいたかったんだ

18. 3つのグレイトなコードを持った、4人のグレイトな男達。それがCheap Trickなんだ

19.俺達は世界一のバンドという訳じゃないけど、Cheap Trickの曲を演らせれば世界一さ



★日本

20.Cheap Trickが武道館を有名にし、武道館がCheap Trickを有名にした

21.初来日の時、ホテルの部屋の窓から外を覗かないように注意されたんだ。さもないと、気付いたファンが発狂してしまうからと。彼女達が皆、俺たちに会いに来てるなんて信じられなかったよ!

22.苦しかったのは、トムがバンドから抜けていた時期だね。最高だったのは、日本で生まれて初めてのゴールド・ディスクをもらったことだ

23.「Heaven Tonight」アルバムでは、最後のOh Claireでも、Heaven Tonightでも日本語の歌詞を使っているけれど、これは日本のファンが世界で1番先に Cheap Trickの音楽を気に入ってくれた感謝を込めてのことなんだ

24.アルバムのタイトルは多分Dream Policeになると思う。LA&Tokyoっていう言葉が入っている曲があるんだけど、Tokyoはイコール日本のことだよ



★信念

25.お金とか人気なんて、そんなに意味のあるものじゃない。何をどうやって表現するかということの方が大切だ。何かをやり終えた後に信用が残る方がいいね。信用、信頼、そして一生懸命やることが大切なんだ

26.人に押し付けられて作るのでなく、音楽が好きだから今まで続けてこれたんだ。音楽業界でどんな仕事につくにせよ、大事なのは自分の仕事を好きになること。好きなことを続けるのが重要だね



★ライブとツアー

27.俺たちは、出来る限りツアーに出る。ツアーに出るためにレコードがヒットするのを待たなくちゃいけないならツアーなんてしないだろうね。レコードを出しても出さなくてもツアーに出る。レコードがヒットしようがしまいが、ツアーに出るんだよ

28.俺たちは毎日ステージに出てオーディションを受けているんだよ。良い演奏をすれば、誰かが俺たちのレコードを買ってくれるかもしれない。演奏が良くなければ、観客は二度と俺たちのライヴを見に来ないだろう。このオーディションを通りたいのさ!

29.(ライヴでのKISSのジャケット投げについて)ジーン・シモンズは喜んでくれたよ。ライヴの度に俺たちがKISSのレコードを買っているんだから(笑)

30.音楽は国際語なんだ。そして俺達は音楽を話すんだから、あらゆる土地でプレイするべきだね

31.俺が世界で最も好きなシンガー・ロビン・ザンダー!

32.もしこの曲を知っていたら、一緒に歌ってくれ!もし知らなかったら、何とかして歌ってくれ



★ギター

33.俺は物質主義でギターを集めているわけじゃないんだ。古い職人気質を持ったギター作りの人達への尊敬の表れだよ。良いものは大切にしなくちゃいけない。俺はギターを激しく弾くけれど、大切にしているよ

34.「Heaven Tonight」のレコーディングでは、計27本のギターを使用した。1曲につき2本の割合だ

35.俺はヘイマー、フェンダー、グレッチと色々なギターを使うけど、とにかく良い音を作らなければいけない時にはレス・ポールの’58年を使うんだ。そうすれば、全てが解決するんだよ

36. 5つネックがあるギターを使うなんて馬鹿げてるだろ。だから、5本ある5ネック・ギターのうち3本を俺が所有しているんだよ

37.アコースティック・ギターは嫌いだ!



★秘話

38.The Yardbirdsのセッションに参加した時はYardbirdsのメンバーはそこにいなかった。トラックが出来たところでプロデューサーに呼ばれて"Ha Ha Said The Crown"でキーボードをプレイしたんだ

39. 1971年に俺たちはオーストラリアに移住しようとしたんだが、検疫の問題があって入れてもらえなかったんだ。あれが実現していたら俺はAC/DCかAngelsに加入していただろうな

40.エディ・ヴァン・ヘイレンが出てくるより前に、もうギターのボディにデザインをしていたんだよ。今ならフォトショップですぐ作れるだろうけど、当時はなかったからチェックのデザインをつくるのに3M(マスキングテープ)をひとつひとつボディに貼って、上からスプレーして模様を作ったんだ

41.リンダ・ロンシュタットに"Oh Boy"を売り込んだのは本当だよ。プロデューサーのピーター・アッシャーが曲を探していると聞いて、スタジオまで押しかけてプレイしたんだ

42.それまでに録音した"Voices"のどのバージョンもしっくりこなくて、ジェイ・ワィンディングに頼んで、スティーヴ・ルカサーを呼び"Voices"のセッションに参加してもらった。彼にアコースティック・ギターとリード・ギターを弾いてもらい、その後俺がオーバーダブをやり直して完成させたんだ

43. 1979年か80年に、ソロでアルバムを作らないかと依頼されたんだ。俺のアイディアはロビンに加え、ボン・スコット、スティーヴ・マリオット、アレックス・ハーヴェイ、ロジャー・チャップマン、ロイ・ウッド、ジェフ・リンといったヴォーカリストに参加してもらうことだった

44.「Double Fantasy」のレコーディングに、俺は3本のギターを持ち込んだんだが、ジョンはそのうちの1本を見たことがなかった。それで、俺は彼にそのギターをあげるから弾いてみてよ、と言ったんだ。そのギターはジョンが殺された3年後に結局俺が取り返すことになったんだ

45.ロビンと俺はAerosmithのリユニオンに一役買っているんだよ。ボストン・ガーデンでプレイした時、ロビンがスティーヴンを、俺がジョーを連れてステージに上がって、皆で"Last Time"をジャムったんだ。スティーヴンとジョーは、お互いバックステージに来ていることを知らなかったのさ

46.俺の家が火事になったのは、ボン・スコット(AC/DC)が亡くなったのと同じ日だったんだ。家が焼けたことより、ボンが亡くなったことの方が残念だった

47.Poisonとツアーした時に、C.C.デヴィルが"Talk Dirty To Me"は"She's Tight"からアイディアを得た。ギターソロは"California Man"の一部を使っていると言ってきた。また、彼らにはアルバムのプロデュースを依頼されたよ

48.マイケル・ジャクソンがBeatlesの版権を買い取って、映画の制作を計画していた。俺達はその映画の為に"Magical Mystery Tour"を録音したんだが、多くの人が関わっていたにも関わらず何も起こらなかったので、曲の権利を買い戻してGreatest Hitsに収録したんだ

49.ミルウォーキーのとある場所でよく演奏していた頃、上の階に聴覚障害者のための学校があったんだ。俺達が演奏を始めると生徒達がやってきて、立ち上がってステージを見ていた。Cheap Trickは世界一音の大きなバンドの1つだからね。彼等は振動を感じていたんだよ



★アルバムと曲

50.ジョージ・マーティンと「All Shook Up」のレコーディングをするにあたって、彼に2つの要求をした。俺たちはBeatlesにも、サージェント・ペパーズにもなりたくないということ。そして、良いレコードをつくりたいということだ

51.俺たちは、楽な道よりも端っこの危険地帯を選んで上がっていくということを「Standing On The Edge」というタイトルに込めたんだ

52."Dream Police"は"良心"と解釈してもらっていいよ。そしてCheap Trickは、時にファンにとってのDream Policeとして機能するんだ

53. 1stアルバムの"Daddy Should Have Stayed In High School"で、「俺は30才だけど、16才の気分」って歌ってたけど、今59才の俺は、17才の気分で演奏してるよ!

54.俺が作曲を始めた理由のひとつは、アメリカのヒットチャートに入っている曲がくだらなかったからだよ。こんな曲なら俺でも書けるぜ、って思ったんだ

55.曲の90%が10分で書けても、残りの10%を完成させるのに10年かかることもあるんだ

56.「at Budokan」は"ほぼライヴ"のアルバムだよ

57.1stアルバムのside-A、side-oneという分け方を考えたのは俺だ。side-Bだなんて…B面にも良い曲が入ってるんだぜ



★ジョーク

58.The Whoのピート・タウンゼント「リック、I Want You To Want Meのあのギターの音はどうやって作ってるんだい?」「あのLive At Leedsをレコーディングした人が何で俺にそんなこと訊いてくるんだ!恐らく、あなたと同じ音を出そうとして失敗しちゃったんだよ

59.(Woke Up With A Monsterアルバムをリリース時、あご髭を生やしイメージチェンジをした) 変質者みたいだって言う人もいれば、大学教授みたいだって言う人もいるよ。俺には、変質者風の大学教授に見えるけど

60.ワーナーのお偉いさんをスタジオに呼んで1曲演奏し終えたら、君達はこんなに素晴らしいのに何故売り込みになんか来たんだ、って言ってきたよ。俺達は1曲プレイしただけで契約書にサインしたというわけ。でも、その後もう1曲演奏したら彼らは契約書を破り捨てたけどね

61.聴力が落ちて、俺の名前を呼ぶ女の子の声が聴こえなくなるのは悲しいな……待てよ。そんなもの前から聴こえてなかったか

62.バンド名の由来?家の庭にUFOが着陸したんだよ。その中の連中がCheap Trickと書かれたTシャツを着こんでいてね。気に入ったので俺が持っていたタータン・チェックの服と交換したんだ。それで俺らがCheap Trickになり、奴らがBay City Rollersになったって訳

63.スティーヴン・タイラーとランディ・ジャクソンが一緒に写真を撮らないかと呼んでくれた時にJLOも居たんだが「私、ジェニファー・ロペスです」と挨拶されて、ああ、君の事聞いた覚えがあるよ、と返事したら彼女は2度と口きいてくれなかったよ



★Early Days

64.最初に覚えた楽器はドラムだった。レッスンを受けた楽器はドラムが最初で最後だね

65.「Fuse」のアルバムの出来は酷いもんだった。誰にもお金を出して買ってもらえるような代物じゃなかったよ。でも、作ってよかった。色々勉強させられたからね

66.俺が最後に覚えようとした曲はベンチャーズのWalk Don't Runだ。だから、Cheap Trickの曲を覚えるのは大変だった

67. 60年代当時、俺は俺の知る限りメロディ・メーカー誌を取り寄せて定期購読している唯一のアメリカ人だったんだ

68.俺はチャック・ベリーのバックアップ・ギタリストだったんだ。昔のディック・クラークの番組で、チャックのバックを務めたんだ

69.バンド結成時、Spooky Toothのマイク・ハリソンに加入を要請したんだが断られたんだ。あと、Nazzのストゥーキーという男も考えた。ロビンやバーニーを見つけるのは容易じゃなく、時間がかかったよ

70.Queenは、デビュー前の全く無名の俺達を前座に起用してくれて感謝しているよ。Queenのツアーを取材に来た日本の雑誌の記者がCheap Trickを気に入ってくれて、俺達が日本で人気が出るきっかけになったんだ



|

« Epic Archive Vol.2(1980-1983:Black Friday 2018 LP) | トップページ | 2019年 »

Others」カテゴリの記事

コメント

Kyotaさま、
今年はCheapTrickの武道館40周年記念コンサートがあり、ひとりかなり盛り上がった年でございました!時期も場所も予定通りにはいきませんでしたが、それでも今年中に日本のファンの前でプレイをすることにとても意味があったのではないかと思います!

リックの名言集で笑えたのは「アコースティックギターが嫌いだ」でした(笑)確かに一度も見たことないかも!!

良い年をお迎えください!!
来年も素敵なブログ、引き続きよろしくお願いしまーす😄

投稿: ちびるデビル | 2018年12月26日 (水) 17時02分

>ちびるデビルさん
今年もブログを見て頂いて、またたくさんコメントを頂き有難うございました!お褒めの言葉、嬉しいです。励みになります。

武道館公演は中止になってしまいましたが、満員のZepp公演で、これぞCheap Trickという素晴らしいライヴを観ることができて忘れられない年になりました。来年はニューアルバムのリリースが控えていますし、また早い来日公演を期待したいですね!

リックのアコースティック・ギターは嫌いのコメントは、昔日本のラジオ番組だったと思いますが、リックが生演奏でアコギを弾きながら叫んでいてそこから取りました(笑)

ちびるデビルさんも、どうぞ良い年をお迎えください!来年も宜しくお願いいたします

投稿: Kyota@管理人 | 2018年12月27日 (木) 13時00分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1037677/74797597

この記事へのトラックバック一覧です: リック・ニールセン名言70:

« Epic Archive Vol.2(1980-1983:Black Friday 2018 LP) | トップページ | 2019年 »